2026年3月6日
記事のポイント
- 『パーパス経営』の著者で経営学者・名和高司氏は企業価値の再定義を訴えた
- 短期のROE中心の評価では、長期的な視点で評価できないという
- 名和氏は、企業価値を「持続的価値」と再定義することが重要だと指摘した
『パーパス経営(東洋経済新報社)』『エシックス経営(東洋経済新報社)』などの著者である経営学者の名和高司氏は企業価値の再定義を訴える。四半期や短期でROEを中心に評価する従来の指標では、長期で価値創造に取り組む企業の価値を正しく評価できないという。名和氏は、企業価値を「持続的価値」と再定義することが重要だと語った。(千葉商科大学客員教授/ESG/SDGsコンサルタント=笹谷秀光)
筆者がビヨンドSDGsの議論を進めるうえで、長年重要な道標となってきたのが、経営学者の名和高司氏である。三菱商事・マッキンゼーでの国際経験と、ハーバードビジネススクール卒業。各社の社外取締役を歴任。
現在、京都先端科学大学 教授、一橋ビジネススクール客員教授である。名和氏は「日本の強みとは何か」を一貫して問い続けてきた。
筆者の新刊『ビヨンドSDGsと経営(三和書籍)』で扱った中心テーマ――日本人の強みと弱みの「二面性」をどう乗り越えるか、そして現場知と人間力をどう価値創造へとつなげるか――は、まさに名和氏の視座に触発されたものだ。
議論を通じて、その本質を 3つの視点に整理してお届けしたい。
未来まちづくりフォーラム(第6回)で語る名和氏(写真右端)
■企業の「未来価値」をどうつくるか
いま世界では、2030年を越えた 「ビヨンドSDGs」の議論が2027年から本格化する。さらに国際誌『ネイチャー』では、有識者がSDGsを2050年まで延長すべきという提案まで発表している。では、その未来に日本は何を提示できるのか。
ここで重要なのが、名和先生の言葉だ。
「世界標準に合わせる経営ではなく、22世紀まで価値を生むための、時間を味方にした経営が必要だ。」
短期のROEだけでなく、「ROE × 時間」という積分的な視点で企業価値を捉えるアプローチは、日本企業が得意としてきた「長く続ける力」と非常に親和性が高い。
日本企業は「世界でも屈指の長寿企業が多い」といわれる。名和先生との議論を通じて見えてきたのは、まさにこの特性を今こそサステナビリティ経営の中核に活かすべきだ、という強い示唆だった。
四半期や短期の指標に偏りがちな従来のROE中心の評価方法では、長期的な企業の価値創造を十分に測ることができない。むしろ今必要なのは「パーパス・存在意義」と「時間軸」を組み合わせて企業価値を捉え直す視点だ。
名和先生が強調したのは、「経済価値=持続的価値」と再定義すべきである、という点である。
そのための一つの方法論が、ROEを一時点で見るのではなく、「ROE × 時間」つまり積分のように捉える評価軸を置くことだ。時間を味方につける企業ほど、本当の意味での価値創造が可能になる──そんな考え方だ。
この長期視点の投資思想を体現している好例として挙げられたのが、インパクト投資で知られる鎌倉投信である。同投信は、投資先を選ぶ際に三つの価値を定義している。社会価値、持続的価値、個性(らしさ)。
このうち「個性」は特に重要とされ、さらに、「人」「共生」「匠を磨くこと」の三要素に分解されている。これは「企業のらしさ」をどのように見極めるかの優れたフレームワークであり、日本企業の特質とも親和性が高い。
鎌倉投信は、たとえば食の宅配を展開する長期的視点で価値創造に取り組む企業の支援や、製造業から新しい素材開発を行う企業まで、地域性や規模に関わらず「時間の積み重ねで価値を生む企業」を伴走型で応援している点が特徴的だ。
■ガラパゴスではなく「世界価値」としての日本性を
次に、名和先生の話の中で印象に残ったのが、日本のガラパゴス的個性は、すでに「世界的価値」として認められつつあるという指摘だ。
京都を拠点に活動する名和氏は、日ごろから「共感力」の重要性を実感しているが、日本がナショナルブランドインデックス(NBI)でトップに位置づけられたことは、まさに日本的価値が世界から理解され始めた証拠だという。
その象徴的事例として挙げられるのが、西陣織を現代に復活させた 細尾(Hoso) である。同社はハーバード・ビジネス・スクールのケースにも取り上げられ、「匠の技 × クリエイション」を世界レベルで提示する稀有な存在だ。
名和先生は語る。
「複雑性のカオスの中心にいると、変化は見えない。わきから見るのである」
そうすれば、匠の世界は外側から見るとダイナミズムがよくわかる。日本の固有性は、閉じた美学ではなく、外部から見たときにこそ光る「世界価値」の種になっている。
■産地が元気になる「つながりの再設計」
次に名和先生が語ったのは、産業を「生態系」として捉え直す視点である。
金沢の繊維産地が好例だ。繊維産業の現代化と文化価値を支える。カジグループや中川政七商店などの取り組みは、素材づくりから観光、地域文化にまでつながる「循環としての価値創出」を実現している。産地そのものが有機的につながり、技術・文化・経済が循環を始めると、地域の元気は持続可能な形で生まれる。
名和先生が示す未来像は、一社単独の成長ではなく、地域・産業の生態系としての成長なのだ。
長寿企業の国・日本だからこそ持てる強みは何か、サステナビリティが企業活動の中心へと移行する今、日本企業の長寿性こそが最大のアドバンテージとなり得る。
大切なのは、「短期の成果」ではなく、「積分としての企業価値」──時間をかけて築かれる価値を軸に企業活動を捉え直すこと。
そして、企業の「らしさ=個性」を深掘りし、磨き続ける姿勢こそが持続的価値の源泉になる。
■ ガラパゴス化は弱点ではなく、「価値の源」だ
京都を拠点に活動する中で強く感じるのは、共感力の重要性だという。
世界中から訪れるインバウンド客だけではなく、国内外の企業・社会全体が、日本らしい価値に対して共感を寄せはじめている。こうした潮流の象徴が、先述のナショナルインデックスとして認められた事実である。これは、日本的個性が世界から評価されているという調査結果にほかならない。
日本はしばしば「ガラパゴス化」と言われる。しかし視点を変えれば、それこそが世界標準にはない価値を生む独自性の源泉だともいえる。細部にこだわり、品質を高める──こうした積み上げが、日本製品や日本企業の「らしさ」を形作ってきた。
この点は筆者も大いに賛同する。ガラパゴスはネガティブに使われることが多いが、世界自然遺産第1号として貴重なのだ。
世界標準に合わせれば一見効率的だが、同時に「均質化=コモディティ化」へと収斂する危険を孕む。次の言葉が印象的だ。
「世界標準の経営」というものは、実は存在しない。むしろ求められているのは、日本企業が持つ独自の強みを再編集し、22世紀まで価値を提供し続けられる企業へと進化することなのだ。
では、世界標準に変わる新しい指針とは何か。名和先生との対話のポイントは次の通りである。
「つなぐ」「結ぶ」「孤立しない」、つまり、技術・文化を国内外のネットワークと結ぶことだ。
独自技術やサービスを、世界のバリューチェーンの中で機能させる設計思想であり、「孤立しない」は「こだわり」を守りながらも、外部との共創に開かれた姿勢であろう。
これにより、ただの完成品メーカーではなく、素材・部品・技術として世界を支える日本型ブランドが形成される。
■ 「ビヨンドSDGs」本格期の経営指標
2027年にはSDGs最終年である2030へ向けて、その先を見据えた「ビヨンドSDGs」議論が本格化する。日本企業は、この議論に何を持って臨むべきか?
名和先生との対話から得られたビヨンドSDGsのヒントは次であろう。
日本発の有効事例(京都・金沢のような独自進化のモデル)を参考にグローバルな価値創造の文脈へ接続させること。
すなわち、
- 伝統 × 革新
- ローカル × グローバル
- 匠の技 × 産業エコシステム
- ガラパゴス × 世界標準(ではなく「世界に認められる価値」)
といった「二項対立を超える構造」 を、日本からの提案として提示していく必要がる。
日本企業が未来に向けて進化するには、自らの強みを閉じ込めるのではなく、「世界へ接続しながら深化させる仕組み化」が鍵になる。
その仕組みとは:
- ガラパゴス的価値(こだわり・独自性)を世界に解像度高く伝える発信力
- ローカルの持続可能なエコシステムを産業として成立させるモデル化
- SDGsの枠を超えて将来的に有効な価値基準の創出
- 企業価値を短期ROEではなく 「ROE × 時間」 の積分で捉える評価軸の実装
これらを統合すれば、日本的価値は22世紀まで必要とされる企業へと進化し得る。
名和氏の最新スライド「Xモデルと次世代リーダーシップ」




