2017年8月29日
経営感度を磨く社会の読み方<第5回>
自転車シェアによるCSV
2017-11-27 18:20
今、自転車が注目されています。今回は、自転車をコミュニティの中で共有し、環境配慮などの複合課題に対応する仕組みを取り扱います。これは「自転車シェアリング」「コミュニティサイクル」などと呼ばれ、関係者の協力で共有価値(CSV)が生まれます。
『マレーナ』の街のGO BIKE
筆者は先日、イタリアの南の地中海に囲まれたシチリア島を訪問しました。ギリシャ、ローマ、イスラムの文化が交錯した歴史が織りなす世界遺産が数多くある地域です。この島の南東に、シラクサ(Siracusa)という世界遺産の街があります。ここはイタリアの名監督ジュゼッペ・トルナトーレ監督によるイタリア映画『マレーナ』(2000年公開)の主要ロケ地でもあります。
G8環境大臣会合が開かれた2009年、この風光明媚な世界遺産の街に、「GO BIKE」と名付けられた「自転車シェアリングシステム」が導入されました。世界遺産のオルティージャ島内やシチリア最大のギリシャ劇場などのある考古学公園を結ぶ形で約2キロメートル圏内に12か所の駐輪場が設置され、レンタル自転車がきれいに並んでいます。デザインも工夫され、世界遺産の街になじんでいます。一度登録料を払えばどこで借りてどこで返してもよく、最初の30分は無料、それを超えると時間当たり1ユーロで、一日に何度でも借りることができます。一時は盗難などが相次ぎ中止の危機を迎えたこともあるようですが、現在は監視カメラの設置などの改善がなされ運用中です。
パリの「ヴェリブ」 景観というCSV
このような自転車シェアリングの草分けはパリです。パリ市の運営で2007年7月にスタートした世界最大の自転車シェアリングシステムは「Vélib」(ヴェリブ)という名称で、これはフランス語の「vélo」(ヴェロ:自転車)と「libre」(リーブル:無料・自由な)を組み合わせた造語です。仕組みはGO BIKEとほぼ同じで、パリの人たちはバスやメトロを使うほどでもない短距離の移動に利用します。
かつて大気汚染でパリの街並みが黒くなり、「黒い街」とまでいわれ、何年かに一度、外装の大掃除に多額の経費が掛かっていた時代もありました。それが今や、軽快な自転車が走る環境の街へとその姿を変えつつあるのです。この仕組みでは、パリ市(環境に優しい街づくり政策)、自転車メーカーやメンテナンス業者、市民協議会(駐輪場設置場所と利用方法)など、さまざまな関係者の間で連携が行われています。
この結果をISO26000の7つの中核主題に照らしてみると、「人権」では人に優しい交通、「環境」では大気汚染防止、「消費者課題」では持続可能な観光や市民の足の実現、「コミュニティ課題」では世界遺産の大気汚染による汚れ防止と、モデル的な複合課題への対応につながっています(図表参照)。これからは特に「景観」が重要です。
Vélibは自転車についての理解と車・自転車・歩行者の峻別ができているパリならではの仕組みです。「環境的に持続可能な交通(EST:Environmentally Sustainable Transport)」として注目されていますが、一般的な複合課題解決方法としてもヒントは満載です。
「製品サービスシステムアプローチ」というCSV
自転車シェアリングシステムは世界に広がりつつあり、筆者が訪れたことのある街では、「BikeMi」(ミラノ)、「OYBike」( ロンドン)、「キャピタル・バイクシェア」(ワシントンDC)、「BIXI」(モントリオール)などがあります。
特に、ニューヨークでは2013年にシティバンクの協賛で、その名称もCiti bikeとした取り組みを開始し、企業参画の新たな在り方として注目されています。今年7月には専用の眼鏡型のグーグルグラスアプリ「City Ride for Glass」(利用者の位置情報から空き自転車情報や駐輪場の位置を検索可能)が発表され、各種の企業のイノベーションも呼び込む「プラットフォーム」として育ちつつあります。
「自転車シェアリング」は、自転車という製品を所有せず、利用した分だけ利用料を払う、「所有から利用へ」という価値観に応えるものです。これを「製品サービスシステムアプローチ」といいます。製品を売るのではなくサービスの仕組みにして、利用料金を徴収するビジネスモデルです。この仕組みは、利用者の考え方が変わらなければビジネスとして成り立ちません。地域の住人が「持続可能な消費」をしたいと考えライフスタイルを変更することで利用者数が増加し、地域コミュニティでの住民への利便性提供という形で地域企業のビジネスにつながります。そして社会における環境改善・渋滞緩和・景観配慮などの共有価値の創造が実現するのです。この手法は関係者間での「共有価値の創造」が生まれやすく、筆者は注目しています。
自動車の分野でも「カーシェアリング」が日本や世界各国で始まっています。自動車による移動というサービスをシェアリングという仕組みの中でうまく生かしています。電気自動車を活用すれば環境技術と社会的システムの融合にもなります。持続可能なコミュニティの実現への一歩として期待されます。
「ももちゃり」に期待されるESD効果
「自転車シェアリング」は、日本でも各地で実験事業的な展開がなされていますが、中でもこの11月の「持続可能な開発のための教育(ESD)に関するユネスコ世界会議」の開催地の一つである岡山市では、「ももちゃり」が昨年7月27日にスタートしました。岡山城や岡山後楽園などの観光スポットをカバーし、IT技術も駆使されて、スマホなどで貸し出し状況などがリアルタイムに確認できるすぐれものです。1時間以内は無料、これを超えると30分ごとに100円(そのほか、一日利用、回数券などのプランがある)の料金システムです。
この仕組みはコミュニティの協力の中で生まれ、仕組みの良さをみんなで実地に学べるという意味で、ESDを実践する内容ですので、世界会議をきっかけに世界からも注目を浴びることが期待されます。
(『月刊総務』2014年12月号より転載)