2017年8月29日
経営感度を磨く社会の読み方<第3回>
里山という「クールジャパン」
2017-11-27 18:10
日本は、世界に進出するアウトバウンドのみならず世界をお迎えするインバウンドについても、真の国際化をはかる段階に入りました。今回は、世界標準の”トリプルS”の感度を試しましょう。
世界をお迎えする
東京都知事が提唱する「マッカーサー道路(虎ノ門から新橋にかけての大規模道路)のシャンゼリゼ化」が注目されています。道路の両側を国際色豊かなプロムナードにするというもので、オリンピック・パラリンピックに向けて付加価値の高い街づくりとなることが期待されます。
一方で今年六月には「富岡製糸場と絹産業遺産群」が、日本の近代技術の伝承と世界との交流を軸にユネスコ世界文化遺産に登録され、いよいよ技術のクールジャパンが世界に認知されました。養蚕農家と絹糸産業が集積した、マイケル・ポーターのいう産業クラスターです。一次・二次・三次産業の集合による「六次産業化」の先駆的事例であり、産官学の連携でもあります。
振り返れば昨年二〇一三年は、いろいろな角度で日本が世界で評価された、歴史に残る年でした。六月には富士山がユネスコの世界文化遺産に登録。登録名は「富士山│信仰の対象と芸術の源泉」で、日本人の心のふるさとが世界に認められました。さらに一二月には「和食:日本人の伝統的な食文化」が世界無形文化遺産として登録され、単に料理だけではなく、各地の伝統や儀式などとも深く関わる食文化が、世界に誇れるものとして位置付けられたのです。
そして何よりも、九月の「二〇二〇年東京五輪開催」の決定は重要です。開催に向けて、世界に進出するアウトバウンドのみならず、世界をお迎えするインバウンドでも真のグローバル化が求められます。さらにその準備は、五輪後のオリンピック・レガシーにもつながるものにしていく必要があります。
企業のみならず、全ての組織に適用可能な社会的責任(SR)の手引きであるISO26000を共通言語として活用し、取り組みを強化する必要があるでしょう。五輪はもっとも社会性の高い世界的イベントであり、ISO26000でいえば「コミュニティ課題」の文化・教育、人権、環境などに関連します。多様な関係者の協働による付加価値を創造(CSV)していくための、「みんなで学ぶ時代」(ESD)の到来です。
「SATOYAMA」活用 —— 生態系サービスのCSV
里地里山は、身近な森や山の持続可能な利用という、日本独特の自然観を表す伝統的・文化的な価値観です。生物多様性に関する締約国会議(COP 10、二〇一〇年一〇月名古屋開催)において名古屋議定書と同時に日本提案により採択された「SATOYAMA(里山)イニシアティブ」は、環境・コミュニティ・景観など複合課題への対応として興味深いものです。昨年九月一三日には、石川県・福井県両知事が共同代表となり、いち早く「SATOYAMAイニシアティブ推進ネットワーク」が設立されました(伊藤園も設立発起団体の一員です)。
「生物多様性」はbiodiversity の訳語ですがわかりにくく、絶滅危惧種の保護・種の保存・自然の保全などのテーマに目が向きがちです。足元の営業成績を気にする企業にとって、一万年単位の話や生物の種の話には社内リソースを割きにくく、これまでは自然保護団体への寄付などで対応する企業が多かったのです。
しかし近年、生物多様性を利用面から見る「生態系サービス」の概念が認知されつつあります。これは生態系を供給サービス・調整サービス・文化サービス・基盤サービスの四つの機能に分類するもので、生態系サービスが人類の生存に必要不可欠なものであることがわかります。
たとえば供給サービスでは、動植物を衣食住に関連付ける根源的な産業活動が成立します。第一次産業を含む多くの企業にとって身近なものであり、生物多様性との接点がわかりやすくなっています。また調整サービスは、バイオテクノロジーや、病害虫管理、農地・森林・国土の多面的機能を保持する土木技術など、企業の先端技術開発に関係します。文化サービスは、エコツーリズムや都市と農山村との交流など、サービス産業に関係します。
日本には、季節感や色彩感などが育んできた固有の文化があります。拙著『CSR新時代の競争戦略』(日本評論社)でもご紹介していますが、環境省が推奨する「かおり風景百選」(二〇〇一年決定)は、かおりという角度から選定した、日本特有の「自然資産」です。「四万十川の沈下橋をわたる風」や「神田古書店街」など身近なものが選ばれており、クールジャパンの原点の一つです。
世界一田めになる学校2014in東京大学
「世界一田めになる学校」は、東京大学大学院の鷲谷いづみ教授が校長になって進める生物多様性学習プログラムです。コウノトリ、マガン、トキなどの大きな水鳥をシンボルにして、自然と共生する地域づくりと、生態系サービスの代表である「田んぼ」とお米を考えます。兵庫県豊岡市・宮城県大崎市・新潟県佐渡市・栃木県小山市が協働で企画し、NPOやJAなどの団体も参画しており、伊藤園もパートナー企業です。
今年は七月三〇日に行われ、幹事の伊藤康志大崎市長・大久保寿夫小山市長が企画のねらいを語ったあと、鷲谷校長の話、理科の学習、そして筆者も講師を務めた「社会科」の時間が続きました。前日にはフィールドワークとして里山保全活動が小田原で行われ、活動のシンボルとして「TamboMan」を作り、みんなの学習成果を結集しました。
フィールドワーク、理科に加えて社会科があること、学習成果の発表、四市の交流、とベストプラクティスの水平展開がはかられているところが、ESD的総合学習です。
生物多様性の第一人者で「SATOYAMAイニシアティブ」にも貢献された鷲谷校長の下、体験プラス立体的学習で学んだ子供たちは、その経験がしっかり記憶に残るでしょう。「コウノトリ育むお米」を生産する豊岡市をはじめ主催の四市では市長が率先して生物多様性に取り組み、韓国で行われるCOP12での活動報告を構想しています。国際的視野で「世界一」が期待される、SATOYAMAイニシアティブのすばらしい事例です。関係者が連携して相互補完するパートナーシップによって効果の高いプログラムが生み出されており、一方の企業にとってはお米やお茶の理解と消費拡大を通じたCSVにつながっていくと思います。
クールジャパンとSATOYAMA
クールジャパンの「クール」には、クールビズの「クール」と同じく「かっこいい」という意味も込められています。筆者はクールビズが始まった当時、小池百合子環境大臣の下で広報担当の課長でした。
「クールジャパン」は日本の歴史と伝統・文化に根付いています。和食やアニメ、「かわいい」などだけでなく、世界に誇れるさまざまなやり方や考え方も、クールジャパンとして発信していくべきです。
(『月刊総務』2014年10月号より転載)