笹谷秀光 公式サイト | 発信型三方良し

「三方良し」通信

笹谷秀光の「三方良し」通信。SDGs経営をスムーズにする「マトリックス」のつくり方

2022年11月26日

Getty Images

イギリスで開かれていたCOP26(国連気候変動枠組み条約締結国会議)が、11月13日に閉幕した。

今回採択された「グラスゴー気候合意」では、産業革命前からの気温上昇を1.5度に抑える努力を追求することを明記。条件付きだが、石炭火力発電の削減や、化石燃料の補助金廃止についても初めて盛り込まれた。

この目標を実現するには、世界全体で温室効果ガスの排出量を大幅に減らす必要がある。140カ国以上が2050年ごろまでの「排出実質ゼロ」を掲げて推進しているが、達成には足りていないのが現状だ。来年のCOP27に向けて急加速が求められている。

日本企業においても、「温室効果ガスの排出量削減」に関連するSDGsの各ゴール達成に向けた動きを、ますます加速させていく必要がある。ゴール13「気候変動に具体的な対策を」はもちろん、ゴール7「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」や、森林吸収減に関係するゴール15「陸の豊かさを守ろう」などだ。そして、日本の技術力に期待されるゴール9「産業と技術革新の基盤をつくろう」を忘れてはいけない。

世界が一丸となって達成しようと取り組んでいる目標だけに、何もしていなければ、国際入札などの際に世界市場で蚊帳の外に置かれてしまうことは間違いない。
 
 

そこで今回は筆者の経験を基に、グローバルで通用する「SDGs経営」の具体的な進め方を紹介しよう。

SDGs経営の「規定演技」と「自由演技」


企業がSDGs経営を進めるためには、「規定演技」と「自由演技」の2段階で取り入れていくとスムーズだ。

まず速やかに取り組むべきは、SDGsの「17ゴール」や「169ターゲット」を正しく理解し、自社の活動に当てはめてみること。いわば「規定演技」だ。日本企業においては、ほとんどのゴールやターゲットが、自社の事業と紐付けられるのではないだろうか。もちろん、同じ業界内であれば、SDGs達成のために実施する項目も類似してくる。

そのうえで、余裕のある企業は「自由演技」をすると良い。SDGsのうち自社として「重点とする事項」を選ぶ方法だ。自社の強みを生かすことで、他社と差別化にもつながる。

日本の大手企業では、すでに「自由演技」まで終えているところも多いが、中小・ベンチャー企業はまだまだこれからだろう。そこで、ここでは基本に返って「規定演技」の方法を紹介しよう。
 

ESGとSDGsをマトリックスで整理する


経営者が「SDGs経営」に取り掛かる際に戸惑うのが、ESG(持続可能な世界の実現のために、企業が持続的成長できるか判断するための視点)と、SDGs の関係だろう。SDGsをどのようにE(環境)・S(社会)・G(企業統治)に関連付けるべきなのだろうか。

手前味噌ではあるが、両者を関連づけてわかりやすく整理できるツールとして、「笹谷マトリックス」を紹介したい。筆者が伊藤園での経験を生かして、実践と理論からつくった経営支援ツールである。

2018年には経済産業省の「ESG投資/SDGs経営研究会」の資料としても紹介され、最近では様々な企業にも浸透してきている。169ターゲットレベルまで整理している企業には、モスフードサービス、スカパーJSAT、東日本高速道路(NEXCO東日本)、熊谷組、SOMPOホールディングスなどがある。

null
経済産業省の「ESG投資/SDGs経営研究会」資料より
 


これは、縦軸にESG重要課題、横軸にSDGsの17ゴールを配置したマトリックスである。縦軸ではまず、E・S・G各項目を洗い出すために、企業を含む組織が社会的責任に配慮した活動を行う上での指針を示す「ISO26000」(2010年発行)の7つの中核主題を使った。

中核主題とは、組織統治、人権、労働慣行、環境、公正な事業慣行、消費者課題、コミュニティ課題の7つ。ESGを網羅したバランスの良い構成となっている。

さらに細かな「重要課題」の洗い出しには、ESG投資の主要指数を盛り込む。業界や企業により異なるので、様々な指標を参考にしてほしい。

例えば、SASB(米国サステナビリティ会計基準審議会)の業界毎の評価項目や、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がESG投資を行う際の指数としても採用されている「MSCIジャパンESGセレクト・リーダーズ指数」、世界でも有数の歴史を持つFTSEのESG指数「FTSE Blossom Japan Index」の評価項目が参考になる。これらに加え、他の有力な調査機関の評価項目も加味すると良いだろう。
 

業界ごとの違いが浮き彫りに


次にESG重点課題がSDGsのどのゴールに関係しているかをマッピングし、マトリックス化していく。直接関連するものに「●」、間接的に関連するものに「○」など、ウェイトをつけて整理する。

企業ごとにカスタマイズしながら作成してみると、結果は業界によって多少異なることが分かる。例えば、ICT企業はゴール9、医薬品企業はゴール3、インフラ企業はゴール11に「●」が多くなる。

このように、非財務情報をすべて統合して1枚で示す鳥瞰図をつくると、SDGsもESGも理解しやすくなる。非財務情報に関しては、財務情報と異なり数値やデータなどで示すことは難しい項目も多いので、「体系」が重要なのである。

そして、マトリックスを作成・開示することにより、ESG投資家など幅広いステークホルダーの関心に応えたり、SDGsへの貢献を示したりすることができる。また、経営の重要事項(マテリアリティ)を選定することになるので、CSV(共通価値の創造)を推進するための項目を特定することもできる。
 
 
 

ステークホルダーとの対話の羅針盤に


ESGに関しては、関係機関がそれぞれの立場で対話や調査をするので、企業としては何らかの羅針盤を持たないと、対応に一貫性が生まれない。そこで羅針盤として活躍するのがこのマトリックスだ。

また、マトリックスを使えば、従業員に対してもわかりやすく説明することができ、社内がワンボイス化する効果も期待できる。社内理解と社外発信の双方に大きな効果があるのだ。

なお、良くない例として、先に重要事項を選定してから、各項目に関連するSDGsゴールを列記する方法がある。これではSDGs全体をレビューしたことにならず、ピック・アンド・チューズ(選り好み)で都合の良いゴールだけでは?との誤解を招きやすい。その点マトリックスは、一覧性と網羅性があるので批判にもつながりにくい。

SDGsの18番目のゴールを提案しよう


こうしたマトリックスをつくると、自社の経営像が見えてくる。しかしそこで終わりではなく、それを基に自社の強みを生かす「レバレッジポイント」を見つけることが重要である。「マテリアリティ」と言ってもいい。それが先に紹介した「自由演技」につながる。

一方で、マトリックスをつくることでSDGsの17ゴールや169ターゲットではカバーしきれない部分を発見することもある。その場合は、それを補完するような新たなゴールを提案してもいい。

SDGsのロゴは、18番目のゴールのところが空いている。そこで、自社ならではのゴールを「18番目のゴールとして提案しよう」という動きが少なからず出てきている。

null
SDGsポスター(17のアイコン 日本語版)/国連広報センター

最後に。今回のCOP26でも議論された気候変動をはじめとして、我々は今、新型コロナ対応、人権、貧困など地球規模の危機的状況に直面している。これらに総合的に対処するための羅針盤がSDGsだ。

SDGsは「自主的取り組み」が基本である。やれる人がやれるところからすぐにでも着手しなくてはならないのだ。横並び思考から抜け出して、すぐにでも自社は何をすべきか考えてほしい。

 
お問い合わせ
通信講座お申し込み