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「三方良し」通信

笹谷秀光の「三方良し」通信。なぜ、セイコーエプソンは世界で評価されるのか?

2022年11月26日

 

SDGsを活用した「発信型三方良し」ビジネスを探る

PaperLab(ペーパーラボ)A-8000

「持続可能でこころ豊かな社会を実現する会社」。これこそ、企業人が目指したいあるべき企業の姿であろう。それを、”ありたい姿”として定めているのがセイコーエプソンである。

同社は、2021年3月に「ものづくり企業としてやり遂げなければならないこと」を描いた「環境ビジョン2050」(2008年策定)を改定し、「カーボンマイナス」および「地下資源消費ゼロ」を目指すことを宣言した。環境関連の取り組みにはこれまで以上に注力し、とりわけ「脱炭素」「資源循環」「お客さまのもとでの環境負荷低減」「環境技術開発」に力を入れている。

そのビジョンを体現している製品が、水を使わずに使用済みの紙から新たな紙を生産できる「PaperLab(ペーパーラボ)」だ。2016年の発売以降、ペーパーレス化で不要になるのではないかとも言われている「プリンター」の価値を変える製品として、大きな注目を集めている。

ペーパーラボが紙の未来を変える


いくらペーパーレスと言われても、紙には「見やすい」「理解しやすい」「記憶に残りやすい」といった価値があるのは確かだ。情報収集をデジタル化しすぎてその価値が忘れられてしまっているかもしれないが、例えば紙の百科事典を開けば、調べようと思った事柄の前後の項目なども何気に学び、それで知識が広がることもあっただろう。

ペーパーラボは、ペーパーレスの時代にも紙の価値を高めうる「解決策」を提示する製品だ。その場で紙をリサイクルしてつくってしまえという大胆な発想から生まれたものだ。
 
 
その秘密は、独自開発の新技術。紙を繊維に戻し(繊維化)、結合素材によって強度・白色度の向上や色づけを行い(結合)、新たな紙をつくり出す(成形)技術だ。名刺用の厚紙や色紙など、用途に合わせた多様な紙を生産することもできる。つまり、アップサイクルである。

従来型の紙のリサイクル過程では大量の水が使われていたが、ペーパーラボではほとんど必要ない。環境にやさしいだけでなく、導入時の給排水工事が不要で、オフィスフロアにも設置しやすい点も特徴だ。

さらに、機密文書などの紙を細長い繊維に分解し、情報を完全に抹消することができるため、機密情報の漏えいを防げるというセキュリティ向上の効果もある。
 

自治体や企業も。広がる“SDGs 仲間”


セイコーエプソンの統合報告書を見ると、ペーバーラボは、同社のSDGsの各目標と紐づけて説明されている。経済、環境、社会の統合的解決策として、それぞれの側面のSDGsに当てはめて、以下のように整理されている。

・経済:目標9 「インフラ、産業化、イノベーション」
・環境:目標12「持続可能な生産と消費」、目標6 「水・衛生」、目標15「陸上資源」
・社会:目標11「持続可能な都市」、目標8 「経済成長と雇用」

筆者としては、これらに情報セキュリティ向上の点で、目標16「平和・公正」を加えることができると考える。1つの製品や技術が、さまざまなSDGs目標と関連していることを如実に示す事例だ。

ペーパーラボは、自治体や企業で導入が進んでいる。導入先を見ると、SDGs 未来都市に指定されている自治体や、SDGs経営推進企業がずらりと並び、「SDGs 仲間」がどんどん広がっていることがわかる。

行政関係者にも訴求力を高めた結果として、2019年6月に軽井沢で実施されたG20エネルギー・環境大臣会合の会場でも展示、使用された。また、外務省が製作した動画「日本発!ペーパー革命」でも紹介されるなど、大きな注目を集めている。同社としては、今後、海外への展開も進めているそうだ。
 
 


SDGs経営を支えるマトリックス


セイコーエプソンは、ペーパーラボの開発など事業活動を通じた環境貢献の取り組みによって、企業としても多くの国際的な評価を受けるようになった。

例えば、国際的な環境非営利団体CDPの企業調査では、「気候変動」と「水セキュリティ」でAリスト企業として選定。フランスのEcoVadisによるサステナビリティ評価では、2年連続最高位のプラチナ格付けとなっている。

では、同社が国際的評価を受ける推進力ともなった「SDGs経営」についても紹介しよう。

まず、2018年に日本で初めてSDGsの169のターゲットレベルまで明記した「ESG /SDGsマトリックス」を作成した点は、評価に値する。

その後もマトリックスは毎年更新され、2021年度は新たな長期ビジョン「Epson 25 Renewed」に基づいて再設定された「サステナビリティ重要テーマ」が用いられて作成された。

筆者も複数回にわたり、同社の経営層や幹部の研修などの場で、マトリックス作成と活用について意見交換した。その後もサステナビリティ推進室のメンバーとコミュニケーションを図る機会があったが、年々SDGsの理解の深まりを感じる。
取締役 常務執行役員でサステナビリティ推進室長の瀬木達明氏によれば、毎年、各事業の事業戦略部門長や事業管理部門長が、事業とSDGsのターゲットとの関連性を「棚卸し」して、目指す方向性や取り組みを確認しているという。

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取締役 常務執行役員の瀬木達明氏

具体的に同社のESG/SDGsマトリックスを見てみよう。SDGsの目標7「クリーンエネルギー」や目標12「持続可能な生産と消費」、目標17「パートナーシップ」などを中心に、同社の主力事業であるプリンターやペーパーラボの製造に伴って、関連するSDGsの169のターゲット(数字)がたくさんピックアップされていることがわかる。

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サステナビリティ重要テーマとSDGs17目標との関連 (ESG /SDGsマトリックス)
 
 
 


そして、このターゲットの内容は、左端にある同社のマテリアリティ(重要課題)と関連付けて整理されている。つまりこのマトリックスにより対応するSDGsが明確化されているのだ。

ターゲットレベルでの訴求が強み


瀬木氏はSDGsを17目標だけでなく、169のターゲットレベルまで検証することの重要性について、以下のように語る。

「ターゲットレベルまで検証することにより、SDGsの目標が真に目指す姿やレベルが理解できます。“SDGsウオッシュ”と言われることのないよう、関連付けの根拠も明確にする必要があるのです」

セイコーエプソンの本社がある長野県は、2018年にSDGs未来都市に選定されている。同社は長野県の「SDGs推進企業登録制度」にも登録しており、毎年、SDGs達成に向けた具体的な取り組みを県に報告している。

それにも前出のマトリックスが役立っているという。瀬木氏が続ける。

「登録制度で挙げられているチェック項目に対し、当社の取り組みについて公開情報を示すだけでなく、ターゲットレベルで説明できる点が強みです」

セイコーエプソンは、「Forbes Japan」2021年11月号の「AIが選ぶサステナブル企業100社」でも、第1位を獲得。小川恭範社長が表紙を飾った。

その反響について瀬木氏は、「社内外で極めて大きなインパクトがあった。これはこれまでの様々な努力の成果であり、また、SDGs達成に貢献するサステナビリティ経営の取り組み内容を、地道に発信してきた成果ではないか」と分析する。

セイコーエプソンのSDGsに対する取り組みは、まさに筆者が進める「発信型三方良し」の好事例と考えられる。サステナビリティにおいても、発信が重要な時代に入ったと実感する。これからも同社は、評価される「持続可能でこころ豊かな社会を実現する会社」であり続けるだろう。
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