2022年1月11日
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世界の共通言語を羅針盤とする「SDGs経営」が未来を切り拓く
全世界に広がったコロナ禍は、世の中の価値観や構造を大きく変えた。企業と社会の関係は今やCSRを超え、SDGs時代へ突入したといわれる。投資家もESG(環境・社会・企業統治)に焦点をあてるようになった。『ESG/SDGs』を専門的にコンサルティングを行う笹谷秀光氏は「SDGsが経営マターになった」という。改めてSDGsとは何か、企業はどのように取り組むべきだろうか。
世界の共通言語「SDGs」。
経営に取り入れるメリットは
――最近、メディアでもSDGs普及キャンペーンが展開されるなど、SDGsに取り組むのがトレンドのような潮流を感じます。
SDGsは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称です。2015年の国連サミットにおいて、加盟193ヵ国の合意により採択された「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」に概念として盛り込まれました。
2030年を目指す17の目標と169のターゲットから構成されていますが、いうなれば地球規模の課題をふまえ持続可能性について語る際の「世界の共通言語」と理解すると良いでしょう。
「Development」を「開発」と訳したため、途上国を想起しがちですが、貧困や格差、不平等なジェンダー問題、フードロスなどは先進国でも深刻ですし、気候変動も、途上国、先進国を問わず取り組む必要があります。SDGsは開発側面だけでなく、経済・環境・社会の三位一体の解決策を世界共通の課題として設定しました。
またSDGsは企業の役割をクローズアップしているのが特徴です。企業の創造性とイノベーションなしには地球規模の課題は解決できないという考えです。
先進国も途上国も、政府も、自治体も、企業も、すべての関係者が自主的に取り組むのが基本です。横並びにそろうのを待っていては地球規模の課題の対処に間に合わないので、できる人ができるところからすぐ着手していこう、という考えです。
この「自主的に」は怖いルールで、感性の違いが表れます。まわりの様子を見よう、検討を検討しようなどと、ぼーっとしているとどんどん差がついて置いていかれてしまいます。2015年に採択されて6年経った2021年、世界と日本で差がつき、日本の中でもSDGsに取り組む経営とそうでない経営では差が広がる一方です。
――企業がSDGsに取り組む効果やメリットは?
SDGsは一時的なブームではありません。日本政府はSDGs推進本部を立ち上げ音頭をとり、自治体も地方創生の一環でSDGs未来都市制度があって、すでに124もの自治体が選定されています。投資面や取引面、消費者、NGO/NPO、大学、メディアなどあらゆる方面で主流化が加速し、経団連をはじめとする経済団体もSDGs普及推進に積極的です。それぞれの活動基盤が連携・協働を形づくることがイノベーションにつながります。
17の目標はカバー範囲がきわめて広く、企業統治、環境課題だけでなく働き方改革、優秀な人材確保、ブランディングや地域社会との関係など幅広いテーマに対応します。さらに169のターゲットは「To Doリスト」のキーワード集として活用でき、リストから自社と関係あるものを洗い出せばビジネスチャンスのヒントをつかめます。
たとえば目標3「健康と福祉」には9ターゲットがありますが、製薬企業や医療関連企業だけでなく、交通事故死減少ならタイヤメーカーも関係しますし、先進国に多くなった若者の死亡、自殺は企業の中でメンタルヘルスのセクションが取り組むヒントになるでしょう。
ビジネスチャンスの一方でリスク回避も必要です。日本では女性活躍推進が話題の目標5「ジェンダー」でみると、女性・女児虐待は許さないという内容が多く含まれています。サプライチェーンなら「製品調達先に児童労働の搾取を行っている取引先は絶対ないか?」というチェックも早急に必要でしょう。
世界の共通言語であるということはすなわち、SDGsの17目標を示すだけで、その企業がどの社会問題に対処しているか、世界中に発信できるということです。
また、世界的に高まっているESG―環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)―への要請で、特に投資家は3要素の判断にSDGs対応を指標としています。つまり、ESGとSDGsは表裏の関係です。これはSDGsへの対応が株価水準に直結することを意味します。
すなわちSDGsを経営に導入し使いこなす効果は、以下の3つにまとめることができるでしょう。
❶持続可能性の共通言語SDGsを使うので、協働のプラットフォームの形成や参加が可能。イノベーションにつながる=協。❷SDGsによりチャンスをつかみつつリスク管理も強化。新たな共通価値の創造を目指せる=創。❸SDGsの世界への強い発信性を活かしESG投資家をはじめとする関係者の関心に応える力がつく=力。この3点から新たな価値を生む「協創力」を発揮できる新しいグローバル戦略がSDGs経営です(図1)。
図1 SDGs経営の効果
SDGsを経営に取り入れることで、企業内に「協創力」による新しい価値を生み出すことが期待される。さらに、企業価値の創造と社会課題の解決へと取り組むことができる。
出典:『Q&A SDGs経営』(日本経済新聞出版)
自分ごと化して取り組む
「発信型三方よし」
――企業がSDGsに取り組むとは、いわゆるCSRのようなものでしょうか?
CSR(Corporate Social Responsibility)は企業の社会的責任と訳されていますが、責任というと、責任を取れとか、責任感とか、ちょっと受け身なニュアンスがありますね。本来的な意味はレスポンス+アビリティ、反応(対応)する能力です。政府はSDGsは「CSRを超えた本業活用の活動」を期待するといっています。
従来、CSRは慈善活動や社会貢献活動(フィランソロピー)といった側面がありました。これを、あくまで経済活動の一環で「本業でのCSR」を基本とするよう定義したのが、2010年に国際標準化機構(ISO)によって示された「社会的責任に関する手引き(ガイダンス)」ISO26000です。
慈善事業では収益に影響され継続性がありませんし、うわべだけの社会貢献が社会的責任の隠れみのになってしまうかもしれません。しかし経済活動としてCSRを本業化すれば、社会にイノベーションをもたらせます。
SDGsにおいても企業の「本業力」で創造性とイノベーションを起こし、社会課題を解決するという、本業活用が推奨されています。すでにISO26000で体系整理をしてきた企業は、ESG/SDGs対応にあたり改めてCSR活動を見直すと効果が高いでしょう。言い方を変えれば、CSRを社会貢献や慈善活動としてとらえたままでは本業活用を推奨するSDGsに対応できません。政府のいう「CSRを超えた」とは、SDGsをフィランソロピー的な視点で導入するのは適当ではないということです。
たとえば、環境に役立つ機器を開発すると、環境保護や社員への環境教育といった視点になりがちですが、まず目標9「イノベーション」に思いあたるべきなのです。このCSRの考え方を進化させたのがCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)です。2011年にハーバード・ビジネススクールのマイケル・ポーター教授らによって提唱された、企業と社会両方に価値を生み出す経営戦略です。本業のCSRを進め、基盤となるガバナンスやサステナビリティ関連項目を固めたうえで、経営上の重要事項を抽出してCSV戦略を重ねてつくる三角形をイメージしてみましょう(図2)。CSRで守り、CSVは攻めの戦略として経済価値と社会価値の同時実現を目指していく考え方です。少々わかりづらい概念なので「ウィン・ウィン関係の構築」と理解すると良いでしょう。ついでに申し上げれば、サステナビリティも直訳は「持続可能性」ですが、私は「世のため、人のため、自分のため、そして子孫のため」と世代軸を含んだ概念ととらえています。
図2 CSRとCSVの関連イメージ
CSRとCSVの関係は三角形にたとえられる。ISO26000の示す本業CSRで基盤を固め、経済価値と社会価値の同時実現を目指す戦略を描く、守りと攻め両刀使いのイメージ。
CSVにおける価値の創造対象としての社会課題は、これまで必ずしも明確化されていませんでしたが、SDGsが策定されたことで世界共通認識のある社会課題が示されました。SDGsがCSV戦略に活用できる点は押さえておきたいポイントです(図3)。
図3 CSVとSDGsの両面(チャンスとリスク)
CSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)はSDGsによってバージョンアップできる。世界共通認識のある社会課題がSDGsによって明確化された。17目標は企業にとってチャンスである一方、リスク回避にも使える。
――和を尊ぶ精神が根付いている日本企業は、SDGsのポテンシャルを秘めているように思えます。
「ウィン・ウィン関係の構築」はまさに近江商人の経営理念「三方よし」(自分よし、相手よし、世間よし)です。「世間」の課題をSDGsととらえるとわかりやすいですね。ただ、日本では「隠徳善事」といって社会貢献は人知れず行うもの、わかる人はわかってくれると、あえて自ら発信しないことを美徳とする考え方がありました。こうした空気を読む方法は若い世代には通じないし、ましてやグローバルでは通用しません。イノベーション創出にもつながらないでしょう。私は「発信型(開示型)三方よし」を提唱しています。
日本は少子高齢化や地域の過疎化といった課題の先進国ですが、課題解決力も備えています。日本企業の高い技術力、商品開発力には世界が期待を寄せているのです。ぜひ全社をあげて、本業を活かせる課題解決はなんだろう、あるいは自分の部署の本業はなんだろうと考えてみてください。総務部で書類管理ならリサイクルかな、人事は8番に「雇用」や「働きがい」といったターゲットがあるな、9番「産業と技術革新の基盤」は技術開発セクションか、とSDGsを自分ごと化して仕事と結びつけてもらいたいです。
――実際にSDGsを全社的に導入するには、どこから手をつければ良いでしょうか。
SDGsは投資家も注目する重要事項で、経営トップが語らなければ説得力がありません。トップはSDGsを経営マターとし、また推進セクションも設置すべきです。
SDGsを経営に実装する導入指針として5つのステップからなる「SDGコンパス」(図4)も策定され、これにはCSVが重要な要素となっています。経営プロセスに関連付けてみましょう。
第1ステップ:SDGsを理解する→「SDGsによる社会課題把握と社内共通認識の醸成」。第2ステップ:優先課題を決定する→「SDGsの重要課題の抽出」。第3ステップ:目標を設定する→「SDGsに関する目標設定と進行管理」。第4ステップ:経営へ統合する→「経営戦略の構築と経営資源配分」。第5ステップ:報告とコミュニケーションを行う→「SDGsを使った発信」。
私は「SDGs経営」の定義はこの5つの基本要素を充足することととらえています。追加チェック要素として、SDGsの次の5原則を主な活動にあてはめてみると良いでしょう。すなわち、❶他にも応用が利く「普遍性」。❷誰ひとり取り残さない「包摂性」。❸関係者を結集する「参画型」。❹経済・環境・社会の3要素を満たす「統合性」。❺「透明性」です。
SDGsの実践は企業と社会に
変革をもたらす
――コロナ禍で大きなダメージを受けた社会の回復にも、共通言語であるSDGsが羅針盤とした「自分ごと化」が求められますね。そのためにもビジネスによるイノベーションと創造性がますます重要になる気がします。
松尾芭蕉の俳論に「不易流行」という考えがあります。
「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」(『去来抄』)。
「不易」は、いつまでも変わらないこと。「流行」は、時代に応じて変化すること。変化しない本質を見きわめる一方で、新しい変化も取り入れていく。サステナビリティの本質をうまく言い表していると思いませんか。
「よいものは残る」。突き詰めればそういうことです。その本質を見つけるきっかけとして使うのが国際基準でありSDGsである。そこにSDGsの普遍性があるのではないかと考えています。
笹谷 秀光 氏
1976年東京大学法学部卒。農林水産省大臣官房審議官等、31年間の行政経験後、伊藤園の取締役等を経て19年退職。20年4月より千葉商科大学基盤教育機構教授、ESG/SDGsコンサルタント。 ESGやSDGsに対応した企業ブランディング、企業価値向上のためのアドバイザー、コンサルタント、講演など幅広く活躍中。
公式サイト:https://csrsdg.com
Q&A SDGs経営
笹谷 秀光(著)
発行:日本経済新聞出版
定価:1,650(税込)
なぜ必要か? どう実行するか? SDGs対応がビジネスの常識となる世界的変化を経営の視点から解説。日本の実態と世界の潮流をふまえ、豊富な事例で具体的導入プロセスがわかる
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